こちら庄内平野ど真ん中の人間。庄内の自然豊かで芳醇な文化、人々の暮らしを気ままにつづっています。
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封人の家 正面 芭蕉が、宮城方面から山形方面へ曾良と共に進んできました。 芭蕉の奥の細道行脚の折、宮城県から山形県に入り、すぐのところにある現在でいう最上町。最初に投宿した家としても有名なのがここ封人の家です。封人とは、関所番人のことで、家の中に馬屋があり、芭蕉は曾良と共に、ここに泊まって、あの名句『蚤虱馬の尿する枕元』を読んだといわれています。
昭和44年に国の重要文化財に指定されております。
堺田の封人の家は、芭蕉が奥の細道の旅で宿泊した中で、唯一現存する民家(有路家)で、国の重要文化財に指定されました。一般公開されていて、内部を見学する事も出来、芭蕉が旅先で苦労した様子がしのばれます。庭には、ここで詠んだ有名な句碑も立っています。
 ここに来る前、尿前の関では、この道は旅人がめったに通らないので関所の番人に怪しく思われて、ようやく関を越すことができたと奥の細道に残されています。
封人の家 封人の家 側面よりのぞむ                封人の家 句碑












封人の家でいろりを囲んだ関所越えに苦労した「尿前の関」大きな山を登って行くうちに既に日が暮れてしまったので、封人の家(国境の番人の家)を見かけて一夜のとまりを頼んだ。しかし、三日間雨風が激しかったため、わびしい山中に逗留することになりました。  蚤や虱に悩まされる旅夜ではあるが、人と住まいを共にする習いの中、馬が枕もとで小便をするというのも心安く趣があるものだ、というふうに詠んでいます。芭蕉は、ここでいろりを囲んで主から歓迎をうけ不安な気持ちも和らげることができたのでしょう。

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堺田の封人の家は、芭蕉が奥の細道の旅で宿泊した中で、唯一現存する民家(有路家)で、国の重要文化財に指定されました。一般公開されていて、内部を見学する事も出来、芭蕉が旅先で苦労した様子がしのばれます。庭には、ここで詠んだ有名な句碑も立っています。
 ここに来る前、尿前の関では、この道は旅人がめったに通らないので関所の番人に怪しく思われて、ようやく関を越すことができたと奥の細道に残されています。
封人の家 封人の家 側面よりのぞむ                封人の家 句碑












封人の家でいろりを囲んだ関所越えに苦労した「尿前の関」大きな山を登って行くうちに既に日が暮れてしまったので、封人の家(国境の番人の家)を見かけて一夜のとまりを頼んだ。しかし、三日間雨風が激しかったため、わびしい山中に逗留することになりました。  蚤や虱に悩まされる旅夜ではあるが、人と住まいを共にする習いの中、馬が枕もとで小便をするというのも心安く趣があるものだ、というふうに詠んでいます。芭蕉は、ここでいろりを囲んで主から歓迎をうけ不安な気持ちも和らげることができたのでしょう。

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【2005/10/29 20:12】 | 奥の細道
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