こちら庄内平野ど真ん中の人間。庄内の自然豊かで芳醇な文化、人々の暮らしを気ままにつづっています。
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江戸時代、丹後では絹織物を作っていた。しかし、京都の西陣でお召しちりめんという新しい織物が開発されると、田舎絹といって相手にされなくなってしまった。
森田治郎兵衛の記念碑

様々な色で染めることもできる

 森田佐平次(幼名=森田治郎兵衛)がなんとかしないとと、寝食も忘れて考えていたときに、夢のお告げを聞いて作りあげた糸撚機や織りの技術を、地域の織り屋機織りをしている貧しい人たちや近江の貧しい人達に惜しげもなく教えた。佐平次は、米の不作や織物の不景気に苦しんでいた人達から大いに尊敬された。
 できあがったちりめんは、西陣のお召しちりめんよりはもっと厚手でシボも高く独特の丹後ちりめんでした。苦しい暮らしの中で佐平次の努力を陰から支えてきた家族や友人とともに喜びを分かちあったという。

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【2006/01/22 11:30】 | わたしの京都
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