こちら庄内平野ど真ん中の人間。庄内の自然豊かで芳醇な文化、人々の暮らしを気ままにつづっています。
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 を象徴するには、古くから日本人にとって特別の思いがある。
 散り際のいい桜と武士の関係が美化されたり、桜の咲き方によってその年の豊作を占ったり、桜の咲きはじめで稲の籾をまく時期を知ったりと生活との関わりも大きい。
 東山自然緑地のヤマザクラ(京都市山科区)
そして、この時期には、入学式や就職など新たな出発の時に桜の花が祝福するように咲く。巡りくる四季を自覚させてくれる。また、冬が終わり大地が生き返るような時に萌え生ずるので、古くから歌に詠まれ、“花といえばサクラ”という文化が日本に定着している。
 しかし、調べてみると『万葉集』に詠まれた花の中で、最も回数の多いのが、次が。桜はずっと少なく10番目。しかしそれ以後の『古今和歌集』になると桜が中心になってくる。この頃から日本独自の文化が根をおろしたことがうかがえる。

原文=>「多都多夜麻 見都々古要許之 佐久良波奈 知利加須疑奈牟 和我可敝流刀尓」
作者=>大伴家持(おおとものやかもち)が、天平年間に大伴家持(おおとものやかもち)が平城京から難波(なにわ)に行った時に詠んだ歌
よみ=>「龍田山(たつたやま)、見つつ越(こ)え来(こ)し、桜花(さくらばな)、散(ち)りか過(す)ぎなむ、我(わ)が帰(かへ)るとに」
意味=> 「龍田山(たつたやま)を越えながら見てきた桜花(さくらばな)は、私が帰るまでには散っていってしまうのでしょうか。」


 このように、花と言えば、桜であり、古来、都のあった奈良や京都で歌にも詠まれてきたサクラはヤマザクラであり、古くから日本人に親しまれてきた野生種である。

 さて、「サクラ」という名前の由来はいろいろあるようだが、「古事記」に出てくる「木花之佐久夜毘売」「木花開耶姫」(=コノハナサクヤヒメ)に起因しているとか、サクラの木の皮は裂けやすいので、サク(裂)からきているとか、集まって咲くのを「さきむら」といい、これが縮まってサクラになったなどなどと言われている。

今が正念場。がんばります。








【2006/03/25 16:26】 | 伝統・文化
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