こちら庄内平野ど真ん中の人間。庄内の自然豊かで芳醇な文化、人々の暮らしを気ままにつづっています。
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 和菓子によく使われる寒天の原料は、テングサオゴノリといった海藻だが、この寒天づくりがもっとも盛んなのは、不思議なことに海なし県の長野県である。テングサ
しかも、今や長野の伝統産業とであり、江戸末期には、諏訪地方で寒天づくりが始まっていたという。

 この「寒天」の発祥や製法には次のような逸話が残っている。
 ある冬のこと、京都伏見の旅館の主人であった美濃屋太郎左衛門が、参勤交代の途にある薩摩藩主島津公の御宿泊の栄誉に預かりいっぱいの料理でもてなしをしたが、その中にテングサを煮てつくったトコロテン料理があった。その際、残ったトコロテンを戸外に置いておいたところ、厳寒期のためこれが凍結し、数日後には自然乾燥の状態で乾物になっていた。太郎左衛門は不思議に思いながらこれを煮てみたところ、元のトコロテンになることを発見し、種々研究を重ね「寒天」の製造を編みだし、京都で和菓子に用いられるようになり発展してきた。厳寒期の2ヶ月間ほどで製造する
 更に、この「寒天」に目をつけたのが、信州の行商人だった小林粂左衛門で、ふるさとの厳しい冬の寒さ、乾燥した空気、きれいな水の諏訪地方にピッタリと思い、その製法を持ち帰った。そし、原料のテングサは伊豆から買いつけて製造が始まり農家の副業として広まり、信州の地場産業として今や発展するようになったという。
 京都から信州へ、そして、太郎左衛門と粂左衛門のひらめきが、日本独特の「寒天」の発明・考案につながっている。

みなさんお願いします。






【2006/04/08 17:32】 | 伝統・文化
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