こちら庄内平野ど真ん中の人間。庄内の自然豊かで芳醇な文化、人々の暮らしを気ままにつづっています。
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ベータ対VHSというように、ソニー・松下戦争というように、同業者が競い合うのは明治時代にまでさかのぼることができる。
 
 この時代、東西に二人のタバコ王がいた。京都の村井吉兵衛と東京・銀座の岩谷松平だ。天狗煙草
 岩谷は日本ではじめて本格的な紙巻タバコの製造をはじめ、タバコにブランドを取り入れた。赤天狗の異名まで持つ国粋主義者で、タバコの銘柄は「愛国天狗」「国益天狗」「日の出」「富士」といった古風で日本的な名前をつけた。
 かたや、吉兵衛は日本初の両切りたばこを発売。ブランド名「サンライス」「ヒーロー」「バアジン」とすべてカタカナで新しもの好きの京都風モダニスト。サンライス
 二人の宣伝合戦は熾烈を極め、岩谷はパッケージに「赤」のシンボルカラーを採用。これには自ら広告塔となり着るものも上から下まで赤ずくめ。馬車も赤、売り場も赤。これに対して吉兵衛は白ずくめで攻めるといった具合。バアジン
また、岩谷が自転車宣伝部隊を出せば、吉兵衛は馬車を仕立てパレードさせCMソングを導入と彼らの東西のタバコ商戦はエスカレートぶりは小説に書かれるほどだった。
 広告で吉兵衛を有名にしたのに大文字山の「大」の字の下にサンライスとヒーローの看板。一文字ずつをでっかい立て看板にして山腹に並べ人々をあっと言わせた。これこそが、野外看板の走りである。 
 タバコ王として君臨した吉兵衛は、専売化の補償金を充てて、数々の事業を起業した。印刷屋、銀行、製糸会社、石炭石油開発、村井汽船、村井貿易と多岐にわたり、中でも熾烈な広告合戦のおかげで日本の印刷技術は格段の進歩をした。
 このように振り返ると、吉兵衛こそがのちの京都ベンチャーと言われる経営者の先駆であると言える。

【2006/05/25 22:01】 | わたしの京都
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