こちら庄内平野ど真ん中の人間。庄内の自然豊かで芳醇な文化、人々の暮らしを気ままにつづっています。
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 平泉文化の象徴の金色堂の金はどこから入手したのか?マルコポーロに「黄金の国」と言わしめたにもかかわらず、近くには現在まで大量に産出する金山らしきものは見つかっていない。

探偵神津恭介に次のように語り推理している。
 

それではせっかく奥州を平定した頼朝が、むかし藤原氏の産出していた黄金を手に入れることができなかったというというのは、どこに原因があるのでしょうか」
 「その理由は、僕にいわせれば、一つしかありませんね。鉱脈が枯渇したとも思えない。技術が滅びたとも思えない。原料の供給が絶えたとしか解釈はできないのです。これは、僕の大胆な推理だけれども、藤原三代の富貴栄華の源泉は、その莫大な黄金の原産地は、北海道、樺太――というよりも、大陸のシベリア地方ではなかったかと思うんですよ」。
  高木彬光著、『成吉思汗の秘密』:角川文庫


 この推理が事実だとすると、平泉から大陸への北方ルートがあったことになり、義経一行はそのルートで大陸に渡ったことになる。
 その証拠に「松前福山略記」「新撰陸奥国誌」という複数の文書に、藤原忠衡に案内されて、義経、弁慶等がこのシベリアに渡ったと記されている。頼朝が奥州を制圧したとたんに、この黄金の入手先は封印されてしまったことになる。
 義経が身を寄せた平泉の藤原氏。ここに突如として現れた黄金文化のもとい先が、義経を大陸へ誘ったという。
今日も一押しを!

 



金色堂

義経=ジンギスカンのバイブル


【2006/06/16 05:01】 | 義経伝説
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