こちら庄内平野ど真ん中の人間。庄内の自然豊かで芳醇な文化、人々の暮らしを気ままにつづっています。
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 成吉思汗が皇帝となるときにはじめて「」という称号が使われた。このことは、成吉思汗自らが、即位に当たり、王位の名前を考えたことになる。
 それまでの名前「鉄木真」(テムジン)から「成吉思汗」(ジンギスカン)として即位するときに、日本にいるへなんらかのメッセージを込めたと考えられる。(そのときは、静は亡くなっていたと言われるが義経は知る由もない)
 王位の称号の「」は分解すると「サンズイ」でスイカンと読める。平家物語によると、「スイカン」とは白拍子が着る衣装のことで、のことである。菊人形展の静の舞
 こうして、「成吉思汗」を漢文読みをすると、
 吉成りて水干を思う(きちなりてすいかんをおもう)
 吉」=「吉野山」であり、「水干」=静であるから、『吉野山の誓い成りて、静(しずか)を思う』になる。万葉仮名読みでも、成吉思汗=なすよしもがな、となり、両者合わせて考えても、実に興味深いこととなる。

 義経は、京都では公家とのつきあいもあり、言葉遊びを楽しんでいたと言われているから、「成吉思汗」には、「静の舞」への義経からの心込めた「返し」になっているというが・・・。
 加えて言うならば、ジンギスカンの生い立ちは非常に不詳な点が多いことは、みなさん承知のことだが、鉄木真(テムジン)と言われていたころの肖像は大男に描かれていて、弁慶だったのではないのかという説もあり、その辺は、現在考察中につき、いづれ紹介できることと思う。
(参考文献  高木彬光 「成吉思汗の秘密」)
ちょっと無理な推理だなあと思う方も応援を!

 





【2006/06/29 02:00】 | 義経伝説
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