こちら庄内平野ど真ん中の人間。庄内の自然豊かで芳醇な文化、人々の暮らしを気ままにつづっています。
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 大坂城は、秀吉の築城以来、数々の戦災で姿を変えたり、また、落雷によって焼失するなどして天守閣のない時代が長く続いていた。
 昭和3年(1928)関一大阪市長が、昭和天皇の即位を祝う事業として、大阪城天守閣の復興を、当時復興費150万円(現在の約750億円に相当)は、市民からの寄付でまかなう計画を立てた。
 時代は不景気であったが、住友吉左衛門氏の25万円を筆頭に最低10銭までの市民の寄付が続々と集まり、わずか半年で目標の250万円を達成したと聞く。
金色の鯱 こうして昭和6年、地上55m、5層8階、最上層の屋根の(しゃちほこ、高さ2.19㍍)勾欄下で伏虎(ふせとら、高さ1.5㍍、幅3.3㍍)をはじめとして、いたるところに黄金の装飾が施されて、燦然と輝く大阪城天守閣が266年ぶりによみがえった。 現在も平成の大修理を経て、獲物を狙うするどい眼光を放ち大阪に睨みを利かせている。

訪問ありがとう!!一日一押し

 


にらみをきかせる伏虎レプリカ

【2006/07/08 21:14】 | 伝統・文化
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