こちら庄内平野ど真ん中の人間。庄内の自然豊かで芳醇な文化、人々の暮らしを気ままにつづっています。
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 奥州へ向かうときに通ったわが東北にもその足跡とともに、弁慶にまつわる石はあるが、こちらは、その本家本元
 
 この石、由来書には、義経を守って奥州平泉でで「立ち往生」の最期をとげた弁慶が、幼年時代から腰掛けたりして遊んでいた石と言われている。その弁慶の死後、勇士をたたえる為に生まれ故郷の三条京極から奥州へ移されたという。が・・・

 この巨石、ある日突然として大声で怒鳴りだし「三条京極に往かん」とわめき出したという。これと同時に奥州平泉周辺で熱病がはやり、この石は弁慶の生まれ故郷の京都にかえそうとなって、室町時代に、三条京極にまたまた移された。以来当町を「弁慶石町」と名づけられたとか・・。
 その後、石は、明治に町内の有志により同町へ引きとられ、昭和になって現在の場所に建てられたという。
 ようじ屋さんのあるビルの前に立っていた。人通りの多い三条通にあるが、この「弁慶石」をどのくらいの人が知っているのでしょうか。
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【2010/09/16 21:15】 | 義経伝説
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