こちら庄内平野ど真ん中の人間。庄内の自然豊かで芳醇な文化、人々の暮らしを気ままにつづっています。
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駒蹄影園碑が当時を伝える明惠上人(みょうえしょうにん)が馬に乗って、宇治の山すそにやってきて、馬の上から、あちこちをながめていた。上人は、馬をとめて、畑仕事をしていた農民に声をかけた。
「袋のなかにある木の実をこの畑にまいてほしい。」
しかし、農民は、「見たこともない木の実で、まき方が分からない」と答えると、その方は、馬にまたがったまま畑の中にゆっくりと進んで行った。そして、畑から出てきた上人は、この実は、
「中国から伝わったというもの。畑の中の馬の足跡の間隔にその種をまけばよい。」更に、その葉を粉にしてお湯に混ぜて飲めば体にも良い効能があるであるとも。

日本最古の茶栽培の地栄西は、それより前に、茶の種子を右京区の栂ノ尾・深瀬の地に播いた。ここが日本で最初にお茶が栽培された場所である。

その後、栄西より譲り受けた種子を、明惠上人が茶栽培に適した宇治の風土を見抜いたことや栽培に関わった農民の努力で宇治茶は更に品質を高め、日本の緑茶文化を発展させてきた。
明惠上人が馬で足跡をつけた茶畑は、宇治で「駒蹄影園」(こまのあしかげえん)と呼ばれている。

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【2006/01/16 22:20】 | わたしの京都
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