こちら庄内平野ど真ん中の人間。庄内の自然豊かで芳醇な文化、人々の暮らしを気ままにつづっています。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 豊臣秀吉は没後、東山阿弥陀ヶ峰の中腹に葬られ、朝廷からは「豊国大明神」の御神号を賜り壮大な神社として祀られた。
しかし、大坂夏の陣で豊臣家滅亡後、徳川家康の手で取壊された。


IMG_3984new.jpg

IMG_3985new.jpg

 現在の社殿は、新しくて、明治13年(1880)、明治政府が秀吉の徳を称えて、方広寺大仏殿跡に再興したものという。
 石段を上がると豪華な唐門が現れ圧倒される。それもぞのはず、伏見城の城門を移築したものだという。唐破風がついた四脚門で、欄間や扉の彫刻には華やかな桃山時代が偲ばれてくる。


 実は、三十三間堂の正月行事の通し矢見学の後に、近くの方広寺の鐘楼を求めて歩いていたら、目の前に豪華絢爛な城門が見えて圧倒された。

出世の神様ともいうので秀吉にちなんだ
千成ひょうたんに長男・長女のことを、したためて参拝をしてきた。

 

そして、今日も、わたしの順位をご確認ください。

ぽちっとありがとう
ブログランキング・にほんブログ村へ

【2008/02/28 00:32】 | わたしの京都
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。