こちら庄内平野ど真ん中の人間。庄内の自然豊かで芳醇な文化、人々の暮らしを気ままにつづっています。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 風呂家の標識が案内する民話の里遠野に伝わる「義経北行伝説」で、最も有名なものは遠野市上郷町の「風呂家」という屋号ではないか。「風呂」という姓を義経から授けられたと言うものだ。
 疲弊を極めていた義経一行は、民家に風呂を所望。家人は断るどころか温かく迎え入れ、感激した義経は主人に「風呂」姓と12枚の菊の家紋を授けた。
義経に風呂と食事を提供した風呂家。当家に伝わる話として「主従14、5人がやてきた。鍋で湯を沸かし、丸太をくり抜いて作った風呂に入れてあげた。義経は背は小さく、美男子ではなかったようだ。ただ身は軽かったらしい。あれほど賢く、優秀な家来もいたので、義経は平泉でを生きて脱出した。」と800年前のことが先日のことのように語り継がれている。

 風呂家を後にして間もなく義経の愛馬小黒号は力尽きた。小黒号は遠野産とされ、小黒号を祀る「駒形神社」と墓標が市内にある。遠野市綾織町には弁慶が足で持ち上げたとされる「続石」があり、その痕跡が今も残っている。

クリック!<==ここクリックしてね!

【2005/12/07 04:43】 | 義経伝説
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。